一定の期間内で一定のレベルに達する力
- 2022年1月15日
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受験においては、当然のことながら、「一定の期間内で一定のレベルに達する力」が要求されます。
これには大きく分けて二つの要素があります。
その一つは能率、効率です。
一定の期間内で、数多くの教科を学習し、それを消化しなければならないので、かなり能率的な勉強ができなくてはなりません。
一時間あたりの効果が最大になるような勉強の仕方をしなければ、よい成績を上げることはできないのです。
効率を追及する勉強法は、社会に出てからも役に立ちます。
大企業の多くが、新入社員を採用する際に、学歴の高い人をとりたがるのは、「勉強を通して能率を上げる方法を身に付けている人は仕事が速い」というメリットがあるからです。
その意味で、受験勉強は社会に出てからも非常に役に立つものだと言えます。
もう一つの要素は、記憶力です。
受験勉強においては、この記憶力にかなりの重点が置かれていることは否めません。
記憶力が最もよいのは十代のときであり、二十代を過ぎると、次第に衰えてきます。
したがって、十代の間にどれだけのことを学び覚えることができるかが一つの試練なのです。
記憶中心の勉強は無意味なものかといえば、必ずしもそうではない面があります。
記憶力をつけ、多くの事柄を記憶することには、二つの効果があるのです。
第一の効果は、思考や判断の材料か数多く手に入るということです。
例えば日本史や世界史を学んだ人と学んでいない人とでは、物事の考え方に大きな差があります。
歴史を学んだ人は、仕事で何か問題が起きたときに、」戦国武将の織田信長ならば、こうするはずだ。
豊臣秀吉ならば、こうするだろう。徳川家康ならば、こうするに違いない」と考えることができます。
こうした思考のできる人と、戦国時代の武将の名を全く知らない人とでは、思考の深みがかなり違ってくることは否定できません。
知識を集めることが、思考や判断の材料となり、ひいては人生を富ませることにもつながるのです。
第二の効果は、記憶力をつける過程で能力が倍増するということです。
人間の肉体は鍛えれば鍛えるほど強くなると言われていますが、実は頭脳も鍛えれば鍛えるほど強くなります。
古い時代において単純な農耕生活を営んでいただけの人と、現代のような高度情報化社会において頭脳を訓練し他人とでは、脳の力にかなりの差があります。
鍛えられた強い頭脳というものが存在することを知っていただきたいと思います。
こうしたところに記憶力をつける効果が現れてくるのです。
したがって現在受験勉強をしている人は、それを無意味なものだと思ってはいけません。
それは社会に出たときに仕事の能率を上げ、上手に仕事をするために素地になるのです。
また、記憶力を試されることによって、頭を強くする訓練をさせられているのです。
その結果、長時間の思考に耐える強力な頭脳の誕生がありうるのです。その意味で、受験勉強は決して無意味なものではありません。
こうしたことを前提にして考えてみると、「頭が悪い」といわれる学生は、要領の悪い人か、記憶力の悪い人の二つに分かれるのではないかと思います。
要領の悪い人は、常に勉強方法を工夫し向上を目指す以外に手はありません。
記憶力の悪い人は、集中力が足りないのだといえます。
記憶力には、長期間にわたって覚えていると言う記憶力もありますが、ここでは一定の期間における記憶力のことを言っているのですから、要は集中力が大切なのです。
気が散りやすく、一つのことを長く続けられない性格は、大成を妨げます。
社会に出て仕事をするようになると、そのことが身にしみて分かります。
社会に出ると、一日に八時間、十時間と、それほど面白くもない仕事に取り組まなければならず、忍耐力が要求されます。
そうした忍耐力を生み出すものは集中力です。
集中力をどれだけ維持できるかが重要なのです。
すぐに気が散るタイプの人は、社会に出ても、仕事のできない人になってしまいます。
集中力を鍛えることによってしだいに記憶力が増していきます。すなわち雑念を払う訓練をすることによって、記憶力はどんどんよくなっていくのです。
ただ、努力をしても報われない受験生がいるかもしれませんが、その場合には、社会に出てからがんばることです。
社会では人格や性格が非常に重要であり、その面で道を開いていくことは可能です。
バイタリティーがあり、行動力、判断力のある人は、実績を積むにつれて、頭の良い人と言われるようになっていくものなのです。
















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