新紙幣に登場した偉人から学ぶことー北里柴三郎
- 2024年7月14日
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皆さん、こんにちは。 2024年7月3日より、新紙幣が発行され、お札が新しくなったことはご存知ですか? 副塾長の小野田です。 今日は、学習面の「できる人、できない人」をしばらく後にして、この新紙幣に登場した人物について少し学びたいと思います。
まずは1000円札の、北里柴三郎さんについてです。
北里柴三郎という方はどんな方だったでしょうか?
北里柴三郎氏は細菌学の確立者ロベルト・コッホ博士のもとで、破傷風菌の純粋培養などに成功して、世界的な名声を得ました。ケンブリッジ大学から、細菌学研究所を設置するので、その所長として来て欲しい、という要請を受けましたが、それを断るのに、次のような内容のお返事をしています。
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(明治天皇から)帰国の上、日本国民の結核患者を治療せよとの恩命をいただいています。私は、現在、他事を顧みずこの研究に従事し、来年、帰国の上は、私が学び得た医学をもって我が同胞の病苦を救い、天皇の御めぐみの万分の一にも報い奉らんとの志です。
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天皇の「恩命」、「御めぐみ」とは以下のような事情です。ベルリン大学のコッホの許に留学して4年目の1889(明治22)年、柴三郎はコッホとともに、結核の特効薬ツベルクリンの開発に取り組んでいました。しかし、留学期限は翌年末で切れます。柴三郎は1年間の留学延長願いを内務省に送っていましたが、梨のつぶてでした。国の財政事情が厳しく、内務省でも予算がつかなかったのです。
コッホもなんとか残れないか、と言っていましたが、柴三郎は「無理でしょう」と答えました。そもそも留学期間の延長はありえないことです。それがすでにコッホの熱心な口利きで、一度延長されていました。いくら何でも二度目の延長は無理だろうと、と柴三郎はあきらめていたのです。
そこに明治天皇から下賜金千円が支給されて、延長が許されることになったのです。巡査の初任給が8円の頃です。現在の貨幣価値で言えば、3千万円ほどにもなりましょう。コッホが日本公使館を尋ねて延長を懇請し、それを受けた内務省衛生局長・長与専斎がツテを辿って、宮内大臣から明治天皇に恩賜金御下賜を請願してくれたのです。
そこで結核を撲滅することは国家の緊急課題であるとして、天皇から特別の御下賜金が下されました。「日本国民の結核に罹るものを治療せよとの恩命」とは、この事です。柴三郎は天皇の国民を思われる御心に感激して、男泣きに泣きました。こういう思いから、ケンブリッジ大学からの誘いなど乗れるわけもありませんでした。
1989年、ついに研究の結果世界で初めて破傷風菌の純粋培養に成功した北里氏は、その後、血清療法を開発して、多くの人の命を守る予防医学に成功したのです。
ここで学びたいことは、
・北里氏は、決して自分の名声のために研究をしていなかった(名声のためでしたら、ケンブリッジ大学の研究所の所長の話を断ったりはしないでしょう。)
・北里氏の熱意を支える協力者がいたこと(内務省衛生局長・長与専斎氏が、ツテをめぐって、宮内大臣から明治天皇に恩賜金御下賜を請願していただくことはなかったでしょう。)
歴史のifという言葉がありますが、
・北里氏がケンブリッジに残っていたら?
・長与氏が、ツテをめぐってくれなかったら?
それを考える人、一人一人の強い思いが連携しあって、歴史上の人類のための偉業がなされたのだなと思います。
ニッケンスクールの皆さんも、どう社会に貢献する人材になるのか?という志をもって、自己研鑽に励んでいただければと思います。
それが本当に必要なことだったならば、きっと協力者が出て、その志は成就することでしょう。 そのための、小中高時代のサポートをニッケンスクールは全力でさせていただきます!

















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